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悲願桜と碑
- ところ
- 新得神社境内(碑)・西一線(案内板)・伊藤傳五郎住居跡(標柱)
- 年代
- 明治〜昭和
大正五年(一九一六)十二月、開拓者・伊藤傳五郎は火災で妻子六人を一夜のうちに失った。傳五郎はその後、亡き家族の霊を慰めようと大正七年春から新得神社境内にエゾヤマザクラを植え始め、昭和十年ごろには「悲願桜」と呼ばれる桜の名所になった。昭和三十八年五月に新得町観光協会が「悲願桜伊藤傳五郎之碑」を境内に建立し、昭和六十年六月には住居跡に標柱、西一線道路沿いに案内板が設置された。
この場所は議会でも議論されています
大型事業の持続性と指定管理の透明性を問う「新得山」に触れています2026.03.16→史跡に出てくる固有名詞が、そのまま議会の記録にも出てくる会期を並べています。 言葉が一致しただけで、同じ事柄を指しているとは限りません。
出典 — 『しんとくの史跡』新得町郷土研究会・1994年・p.39-41/新得町図書館蔵
原本は新得町図書館で読めます。
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