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バッタ塚の由来
- ところ
- 新得町字新内西二線~三線帯
- 年代
- 明治〜昭和
明治十二年から十八年にかけて十勝一帯でトノサマバッタが大発生した。明治十七年、上川郡佐幌(現・新得町新内)でも卵や成虫を集めて埋める駆除が行われ、その場所が「バッタ塚」として今も残る。昭和四十一年の北海道教育委員会の調査では、高さ一・二メートル・直径四〜五メートルの半円形の土盛りが約五ヘクタールの範囲に七十数個点在している。新得町が字新内西二線〜三線一帯と国道三十八号線沿いに標柱を立てている。
出典 — 『しんとくの史跡』新得町郷土研究会・1994年・p.47-50/新得町図書館蔵
原本は新得町図書館で読めます。
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